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もう一回。 [本]

■わたしを離さないで カズオ・イシグロ

わたしを離さないで.jpg

 カズオ・イシグロが最近来日していたのですね。その際に行われた読者を集めたトークイベントの模様がテレビでやっていたので、その番組を録画して昨日見てみました。すごく面白かった。僕はずっとこの人の小説に興味を持ちながらもなかなか手がつけられずにいました。表題の10年前のこの作品、映画にもなったしとにかく話題になっていたし、「Never let me go(英題)」というタイトルから何だかよくは分からないけど強烈な何かを感じたので当時文庫を買って読んでみたのです。

 ダメでした。難しかった。完全に舞台設定がSF。クローン人間の施設で繰り広げられる悲しい人間模様。最初に本を手にした時から物語の印象というか手触りというか、そういったものが当時の僕には少々ヘヴィ過ぎた。あの頃は色々仕事で悩んでいた時期でもあったし、そういう本を読む心の体力が足りなかった気がします。
 
でも、今回の番組を見て、何だかこの作家の思想的なことがなんとなく理解できたし、今と10年前とでは自分の心持ちもだいぶ違うかなー、と感じた。創作過程のアレコレや都度起こる困りごとなんかを凄くはっきりとした言葉でわかりやすく読者に説明をしていたのだけど、何だか大きな感銘を受けてしまった。これはまた、トライしないといけない。というわけで、いつのまにか自宅の本棚から消えたカズオ・イシグロを再びアマゾンに発注した次第なのです。今度は読了できるといいな。

 そんなわけで、今日は何となく活字を欲していたので、たまたま自宅の本棚で最初に目に付いたボリス・ヴィアンでお茶を濁しています。

 
 ボリス・ヴィアンの気分ではなかったな。テンション違いすぎる・・・笑。



boosan

ヨーロッパに行きたい。 [本]

遠い太鼓 村上春樹

遠い太鼓.jpg


ボクは村上春樹のファンです。

新作は発売後割とすぐに買うし、エッセイの類いも細々読み漁っているので、
熱狂的と言わないまでも「ファンです」とはっきり言える。
でも、ハルキストかどうかと聞かれたら・・・分からないな。
多分限りなくそれに近い気がするけど、ちょっと違う気もする。
一部の作品は凄く心に響いていて、そうでないものはそれほど何度も読まない。
そのくらいのスタンス。
ちなみにボクの店の中には村上春樹の本がたくさんある。
ホントは家からもっと持ってきたいのだけど、全部持ってくると店の小さな本棚は
全部村上春樹で埋まってしまうので、さすがにそれはちょっと・・・
したがって、抜粋して何冊かをおいている。
(家では同じ本でハードカバー+文庫×3など、少々おかしな在庫状況になっているものもある)


多分お気づきの方もいらっしゃるかと思うけど、
このブログの色んな部分の言い回しにおいて
表現的な手法や言葉遣いで真似をしてみている。
小さな子供が戦隊もののヒーローに憧れて「とぉーっ!!」と戦ってみせるのと同じように
ボクも「とぉーっ!!」とパタパタとパソコンに向かいながら、
その読みやすくクールな文体を真似してみている。
ただし、そこはあくまで真似なので、もちろんそのクオリティに責任を持つ気はない。
子供が大人の真似をしているのだ。まあ、大目に見てやってください。


村上春樹といえば、なんといっても
「ノルウエイの森」だし、
「風の歌を聴け」だし、
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」だし、
「ダンス・ダンス・ダンス」だし、
「ねじまき鳥クロニクル」だ。
これらは名作であり衝撃作だ。
衝撃的過ぎて何度も読み返せないものもあるけど。
ノルウエイとかは特にね。
クロニクルは長過ぎて途中でたいてい挫折する。


ボクが一番好きなのはこの「遠い太鼓」だ。
ヨーロッパで3年間暮らしたという内容の旅行記のようなエッセイ。
これはホントにオモロいです。なんども読んだ。
風呂で読む用にブックオフで買ったヤツは
ボロボロになりす過ぎてちょうど3等分に割れてしまった。
何度も濡れては乾いてを繰り返しているうちに紙はバリバリになってしまっている。
うちの風呂場の脱衣所にはそういうバリバリの本が何冊か散乱しているのだが、
その中でも、この「遠い太鼓」が一番バリバリだ。
いつもその3当分のうちのどれかを持って風呂に入る。
我ながら随分読んだなーと思う。


何がオモロいかって、そりゃ3年間もヨーロッパを(定住的に)旅するのである。
うらやましいのだ(笑)
ギリシャの猫について考察し、イタリアの市場で輸入物の鮭を買って寿司を作り、
そうこうしているうちに日本では小説がベストセラーになって、
ジウジャーロデザインのシルバーのランチアに乗ることになるのだ。
そんな夢のような生活があるのかとワクワクしていつもページをめくる。
ボクは結構旅が好きで、しかも出来れば一人旅が一番面白いと思っているのだけど、
今のボクはといえば念願だったお店を構えたものの、
旅をするには一番障害の多い生活を送ることになってしまった。
店を1週間も閉めたらその時点で店は終わってしまう。
まだまだ頑張らないといけない段階なのだ。
だから今この本を読むのは一番刺激が強いのだけど、
それでも好きだから何度でもオモロい。


作者がこの本を書いたのがちょうど30代後半から40歳にかけて。
ちょうどの今のボクの年頃なのだけど、
生活スタイルも精神構造も随分違うなーと毎度感心する。
偉人の人生とはそういうものか、やはり。


今、ヨーロッパに行きたいなーと改めて思ってます。
パリの流行のビストロで美味いワインと料理をつっつき、
フィンランドの安酒バーでアキ・カウリスマキごっこもしたい。
ミラノで本田も見てみたいし、やはりロンドンの肉ライスで旅を締めたい。


しばらくはこの本を読んでヨーロッパに行った気になろうと思います(笑)




boosan








2種類の豆と茄子のカレーを作りました。 [本]

ハツカネズミと人間   ジョン・スタインベック

ハツカネズミと人間.jpg

今日は久しぶりに「2種類の豆と茄子のカレー」を作りました。
半年くらいメニューから外していたのだけど、
急に思い立ってひよこ豆とムング豆を茹でました。
にも拘らず、昼間はお客さんが少なくてせっかく作ったのに全然出ず。
「ヤバいなー」と焦ったけど夜にダダダッと出てほっと一安心。
やっぱりせっかく作ったからには食べてもらいたいよねぇ〜。

今回は前回よりも更にフェンネル、カレーリーフ、カスリメティなんかで
スパイス感を増量して、しかも温泉卵を落としてます。
キーマカレーで温泉卵を使ったら結構好評だったので、
ここでも使ってみてます。

「豆(と茄子)」ってなんかその響きが
オシャレだなーって我ながらいつも思う(笑)
よくやった。
軽薄な言い方だけど、肉にはないインテリジェンスを感じるんだよなー。

スタインベックの「ハツカネズミと人間」の中で主人公の二人が
缶詰の豆をナイフでこじ開けて徐らほおばるシーンがあるのだけど、
流浪の労働者である二人が食べるのその仕草が
なんともワイルド且つ文学的でカッコいい。
そんなこと言ったら怒られるかもしれんけどね。
「豆」ってシンプルの極みというか、究極のミニマルフードというか。
それさえ食っていれば生きていけそうな気がするし、
そんなものを美味いと言えたらそりゃあ、まるでカウボーイや哲学者のようだし、
要は男らしく且つ人間臭くある為の最適の食いもんなんじゃないか、くらい思ってしまう(笑)
インド的哲学だってもちろん感じるし。
まあ、酷くミーハーな物言いではありますが、
年々豆がうまいなーと感じている次第なのであります。


ところで、その「ハツカネズミと人間」という小説は
ボクにとって実は、「人生の辞書」みたいな存在の小説なのである。
小説全体を通して埃っぽくてカラカラに乾いた風景を旅する様は
音楽でいうところの哀愁たっぷりのブルースそのものだし、
その温かくも残酷な現実感溢れる物語は、
「人生頑張らないかんなー」といつも思わせてくれる訓示書みたいなものだ。
大学1年生の時に読んで、鮮烈な衝撃を受けて以来
これを超える小説には未だ出会っていない。


実は最近また読んでみた。
やっぱり哀しいお話だけど、何故かポジティブになれる。


たまにこの小説のことを思い出したら豆のカレーを作ろうと思っている。
結構美味しいと思うので、皆さん食べにきてね(笑)




boosan



コピーしたくなった。 [本]

思いつつ、嘆きつつ、走りつつ、  高橋久美子

高橋久美子 思いつつ〜.jpg

ボクがロックに目覚めたのはだいたい高校時代くらいで、
ローリングストーンズ、エアロスミス、そんで、ガンズ&ローゼズがヒーローだった。
繰り返しそればっかり聴きまくる毎日を過ごしていた。
何かに取り憑かれたように、自分の部屋に籠ってただただ大きな音で繰り返し。
時に両親にうるさいと文句を言われながら、それでももちっともめげずに、
ただただ繰り返し繰り返しお気に入りのCDを聴いていた。
それが一番楽しかったし、他にやりたいこともとりたててなかったんだよな。
すこし頑張ったことは、レスポールやストラトキャスターといった
クラシックなエレキギターのコピーモデルを何とかバイトや少ない小遣いを貯めて買って、
部屋でちまちま弾いていたことくらい。
ギターを教わる相手なんていないから最初は弦の巻き方もよく分からず、
右手で強引に固い弦をぐるぐる巻いていたな。
教則本は嫌いでした。
最初のギターはそのせいで、買って1週間でペグが壊れた。

学校に行っても結局ロックを聴くこととギターを弾くことにしか感心がないから、
何となく友達も出来づらいわけ。ボクの学年でモトリー・クルーに感心を持っていたのは
せいぜい10人いるかいないかくらいだったのではないかと思う。
ボクの透明の下敷きシートには上半身裸のアクセル・ローズがモニターに足をかけて
絶叫している写真。

「こんなロンゲのどこが良いの?」

クラスの女子からはよくからかわれた。
当時は米米クラブの「浪漫飛行」が流行っていたのを覚えている。
数人気の合う友人はできたけれど、基本1人で音楽を楽しんでいた。

でも、ロックが好きだ!という強い気持ちの割にギターは全然うまくならんのです。
ちっとも指が開かんし動かん。
ボクの薬指や小指には全く神経が通ってないのかな、って真剣に悩んだこともあった。
だからヘヴィメタル全盛の時代に早弾きは早々に断念し、
ジャズっぽい複雑なコードもすぐにあきらめた。
キースのオープンGはチューニングの仕組みがよく分からないし、
とにかく何をしても手が痛い。

高校2年の時、カート・コバーンの登場にはたくさんのアドバイスをもらいました。
1番は長Tとボロボロのリーバイスでいいのだ、ということ。
革ジャンとピタ黒ジーンズとカーリーヘアのコンビネーションに抵抗があったからだ。
当時のボクの見た目は野暮ったい強い天然パーマの高校生だったからね。
2番目のアドバイスは、たいして演奏は上手くなくても良いのだ、ということ。
ホントはそんなことないのだけど、当時はそう勘違いをした。
そしてコードさえガキガキと引っ掻いたら音楽になる。
ボクはその後完全にその方向に路線をシフトし、
コードガキガキギタリストを目指し、来る日も来る日もガキガキしてた。

ただね、たいしたセンスもないのにガキガキしてるだけだと、
自分でも何となく途中で気になるわけ。

「あれ、なんかおかしーな」と。

カート・コバーンのかっちょいーところは、
あのガサガサのギターの上に誰も持っていない鋭利にしゃがれた声が、
ネガティヴで猥雑なポップメロディを歌うことにある、ということ。
ボクはセンスがないからそんなことに全然気付かなくて、
ただギターを上手いことガキガキさせられたらカートみたくなれると信じ込んでいた。

その数年後も、残念に歪んだポリシーを持ったままボクは音楽を目指すことになる。
25、6歳の時はヒーローがティーンエイジ・ファンクラブやオアシス、ウイーザーに変わっていた。
だから歌の大事さは分かっていた気がするけど、スタートがアクセル・ローズだから、
ついいざっていうときには、うぎゃっー、ってシャウトしたくなる。
そんなわけで、ギターを弾きながらコーラスパートをもらってもどこかおかしい。

「お前、ちょっとうるさいな、それじゃボーカルが聴こえないよ」

まあ、どこまでもセンスがないわけだ。

それでも友人に入れてもらったバンドでは一応ギターを弾いて、数曲曲も書いたりして、
新宿JAMで多い時には月に3本くらいライブをした。
楽しかったなー。
ボクの残念に歪んだポリシーは当時全盛期を迎えており、
ヴィンテージ風のカジノを限界まで歪ませて、
たった3つくらいの音で1分半くらいの尺のギターソロを弾いた。
まるでJ・マスシスにでもなった気分だった。
最高だった。

でもね、やっぱり根本が歪んでるポリシーには長年続けるだけの
精神的な体力はないんだよね。
途中で自分が弾くギターがアホ丸出しだな、と思えてきた。
ようやくセンスが少しだけ身に付き始めたわけだ。
そうなってくると続けられないんだよね、音楽活動が。
そうしてボクは28歳くらいの時に淡い夢を見るのはもうやめよう、
ちゃんと収入のある仕事をしよう、
そう思ってせっかく入れてもらったバンドを抜けた。


それから10数年、ボクは今お客さんに音楽を聴いてもらう店のマスターをしている。
ジャズが半分くらい、ロックやクラブ寄りの音楽、
時にはグレン・グールドだってかける。
カレーとコーヒーの店だ。
どこかで聞いたことのあるコンセプトだけど、自分にしかない、
もしかしたら歪んでしまっているかもしれない感性を信じてスタートしてみたわけだ。
やっぱり音楽が好きなのね。


そしたら、あの高橋久美子がお店にやってきた。
今は詩人・作家として活躍している元・チャットモンチーの高橋久美子だ。
おっさん感激した。
だってボクが音楽をやめてせっせこサラリーマンとして汗を流している頃、
突如新星のように現れたチャットモンチー。
ガキガキのギターはほんもんのガキガキで、
おっとこ前にソリッドなベースはゴキゴキで、
ホンの少しだけ後ろに重心があるドラムワークはめちゃくちゃツボだった。
名曲「親知らず」や「バスロマンス」の歌詞はホント泣ける。
自分が目指していたようなことを軽々とやってのけた10も歳が下の女の子3人組。
通勤途中にイヤホンでよく聴いていたよなー。

今は新たな道を歩んでいる高橋久美子さん。
ひょんなきっかけで今回うちの店で朗読のイベントを、ということになって
最近作のこの本を読んでみた。
面白かった。凄く。
やはりテンポがいい。ある種のグルーヴを感じたまま読み終わる。
明日はその高橋久美子さんのイベント当日。
楽しみで仕方ないよ。


で、今回のこの駄長文。
ロックキッズに戻った感覚で「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」のタブ譜と
睨めっこするかのようにコピーしてみたわけだ。
「思いつつ、嘆きつつ、走りつつ、」を。
そりゃ、コピーっていうのは本物の10パーセントもあれば良い方だからね、大目に見てよ(笑)

でも、そんな気分にさせてくれる快文!!


こんな機会を与えてくれた、ご本人の愛媛時代からの積年の親友、kacoちゃんありがとう。
マサル君もいつも助かるよ。ほんとにありがとう。 


今夜は、急に暇になったので窓際の席でいいちこのオン・ザ・ロックを飲みながら(笑)



boosan

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